ヒトは環境汚染物質、食品添加物および医薬品など、健康に好ましくない影響を与える可能性のある多くの化学物質に常に曝されながら生活をしています。一方、生体はこれらの化学物質に対する防御機構を備えており、この機構を駆使して自らの健康を正常に保っていると考えられます。毒性学は様々な化学物質の有害作用を解明する学問であり、これを通してヒトの健康維持に寄与することを目的としています。最近になって、「分子毒性学」という新たな学問分野が展開され、これまで不明であった様々な化学物質に対する細胞応答機構が分子レベルで解明され始めています。
我々は「分子毒性学」的な観点から、特に脳神経傷害を引き起こす化学物質(メチル水銀など)による毒性発現機構およびそれに対する生体防御機構の解析、さらには新規生体防御因子の検索など様々な角度からのアプローチにより、化学物質に対する生体応答機構を解明することでヒトの健康維持に寄与することを目指しています。
我々は「分子毒性学」的な観点から、特に脳神経傷害を引き起こす化学物質(メチル水銀など)による毒性発現機構およびそれに対する生体防御機構の解析、さらには新規生体防御因子の検索など様々な角度からのアプローチにより、化学物質に対する生体応答機構を解明することでヒトの健康維持に寄与することを目指しています。
1. メチル水銀による炎症応答を介した脳神経傷害機構
水銀は有用な金属であり、古くから様々な用途に利用されてきました。環境中に存在する水銀(無機水銀)の一部は微生物の働きによってメチル水銀に変換されます。このメチル水銀は水俣病の原因物質として知られており、重篤な中枢神経障害をもたらすことが知られています。また、魚介類中に比較的高濃度に蓄積されたメチル水銀を妊娠中の女性が多く摂取すると、メチル水銀が胎児に蓄積し、生まれてくる子供に脳障害や発育不全を引き起こす危険性が指摘されています。メチル水銀はヒトの健康への影響が最も懸念されている環境汚染物質の一つですが、その毒性発現機構は解明されていません。我々は、メチル水銀による脳神経毒性発現機構の解明を目指し、その分子機構、特に神経細胞死を誘導するサイトカイン類の発現に着目した研究を行っています。
メチル水銀によるミクログリア活性化機構
メチル水銀を投与したマウス脳内において、免疫担当細胞であるミクログリアから炎症反応に関わるサイトカイン(炎症性サイトカイン)が多数放出され、神経細胞に作用することで細胞死を惹起する可能性が示唆されています。このように、何らかの刺激を受けて活性化し炎症性サイトカインを放出するミクログリアは、アルツハイマー病やパーキンソン病でも同様に出現することが報告され、“細胞傷害性ミクログリア”として近年注目を集めています。しかし、これまでメチル水銀による中枢神経障害とミクログリアとの関連を調べた研究はほとんどありませんでした。そのため、メチル水銀によるミクログリア活性化機構を調べることは、メチル水銀による毒性発現機構を調べるための新たな突破口ともなり得ると考えられます。
メチル水銀のTNF受容体を介した脳神経細胞死誘導機構
メチル水銀によってミクログリアで発現誘導された炎症性サイトカインの一つが細胞外に放出された後に、神経細胞膜上のTNF受容体 (TNFR) に結合することで細胞死を惹起する可能性を見出しました。この両者間の結合はこれまでに報告されたことなく、我々が初めて明らかにしたものです。そのため、メチル水銀による本受容体を介した細胞死誘導機構を明らかにすることは全く不明であったメチル水銀による脳神経傷害機構を解明する上で重要な手掛かりになると期待されます。
2. 脳内炎症応答に関わる機能未知因子(X因子)の解析
ミクログリアは、定常状態では脳内神経機能の恒常性を保つために働いています。しかし、種々の脳神経変性疾患においては、過度に活性化されたミクログリアから大量の炎症性サイトカインが放出されることで神経細胞死を誘導します。最近我々は、炎症誘発物質であるリポポリサッカライド(LPS)を投与したマウスの脳内ミクログリアにおいて炎症性サイトカインが顕著に発現誘導されますが、この炎症応答がX因子を欠損させたマウスではほとんど認められないことを見出しました。このことは、X因子がミクログリアでの炎症応答に深く関与している可能性を強く示唆しています。そこで我々は、脳内炎症応答におけるX因子の機能を全容解明し、将来的にミクログリアでの炎症を起点とした種々の脳神経変性疾患に対する治療薬の創出を目指しています。
3. 異物代謝影響を及ぼす環境因子の検索と作用機構
近年、健康志向の向上から健康食品を使用する人が増えています。多くの「健康食品」は、誰でも気軽に入手可能ですが、副作用,医薬品との相互作用など,安全性に関する情報(科学的根拠)が十分ではない健康食品も多いと考えられています。そこで健康食品の異物代謝機構に及ぼす影響について明らかにする目的から生体において異物代謝に関与している最も重要な代謝酵素の一つである肝臓のシトクロムP450(CYP)に着目し、健康食品のCYPに及ぼす影響について解析を行い、健康食品の安全な利用への貢献を目指しています。